●写真集『水平線上を充たす』を刊行しました●

「語るために、自身を方向づけるために、私がどこにいて、私がどこへ向かうのかを知るために。自身に現実の構図を描くために」
あるいは「現実に傷ついて現実を求めながら、自身の存在とともに言葉へ向かう」ために(パウル・ツェラン)

銀杏書林より、処女写真集『水平線上を充たす』を刊行しました。

「辿り着かないと同時にここにあるということ」を、明らかにしたいと思いました。手探り穴掘りひっくり返りをくりかえして、雲を掴む方が簡単なんじゃないかというような捉えづらいことがなんとか捉まえられたような気持ちです。いろんなことがやっと合致した、と言えそうな。ずっと自身に現実の構図を描くために撮ってきましたが、ここへきてようやく、はじめてそれを、他者に、あなたに「差し出せる」といった気持ちでいます。どうぞご覧下さい。

●『水平線上を充たす』●
・ 判型 253mm×165mm
・ 頁数  60頁
・ ソフトカバー 
・ インクジェット顔料インク8色刷
・ 定価:2940円(税込)(本体価格:2800円)

銀杏書林のwebサイト、またはいくつかの書店でご購入いただけます。
●銀杏書林●

●取り扱い書店様●(敬称略)
451books(岡山)
なタ書(香川)
BOOK MARUTE(香川)
百年(吉祥寺/東京)
スパイラル(青山/東京)(スパイラルレコーズさんのブースでの取り扱いになります)

 水平線上に注ぎ、充たす、瞼、からだ

 厳然とかかげることができる肉体的経験なんてそうそうないのだ。わかりやすい体験なんてそうないのである。わかってたまるか、ということでもある。ここにいる、というような気持ちで、煙草を吸う。からだをここに置いていることを明らかにするための所作だ。
 2009年から、ただひたすらにみつめるような仕方で写真を撮るようになった。わかりにくく言えば、障子の向こうをみるようなやり方である。空白へ、ただひたすらの凝視を捧げている、というような。
 みつめて、みつめられること、わたしは遠くへ行きたかった。彼岸より、障子の向こう側より遠く。からだが疲れて世界が滲みだすまで移動を重ね時も重ねてそれから、撮った写真をまた重ねていくこと、そこから立ちあがってくれていたら嬉しいのだけれど、世界へのまなざしのようなもの、みつめるやり方。鑑賞に堪えるだけの観照、感傷にまけないだけの強いからだ。もつれたもつれをかきまぜて遊ぶような。遠く遠くと頭のなかをとばしていくなら、世界が滲んで境界線が消えていくならば、此処の遠さを、このうつろな視線をとどめてみたところで知ったような。
 「とおくまで行くんだ、ぼくらの好きな人々よ」と言った詩人がいて、「障子の果てになにがあるのか、今度一緒に行ってみましょう」と言ってくれた友人もいる。ならばわたしなら、飽きるまでいこう、と、ぼくらの好きな人々よ、と、言うことができたらいいな(言いたいな)、と、これがそういう本になっていたらいいな、と、思う。

 Few bodily experiences can be communicated solemnly; few are easy to grasp. They are an accumulation of feelings that you can not understand easily. The feeling that I am here, smoking a cigarette: these are how I prove to myself that my body is really here. Since 2009, I’ve been taking photographs of objects as if I were simply gazing at them. The objects cannot be understood through words. Gazing at them is a way to glimpse what is hidden by the “sliding paper screen”. Only by gazing into blank space can I keep my stare unwavering.
 Staring, and being stared at; I wanted to go to a faraway place, a place further than anywhere I had been before, beyond that paper screen. With my exhausted body, I wandered aimlessly; I let the concrete world blur. I found a place where I liked what I saw, a way to see the world, a way to gaze at the world with my photographs. This contemplation is for your appreciation, and my tenacious body for endurance. I was playing a game, unravelling a knotted thread. I hoped that if I could let my thoughts flow to one place, to the gap at the boundary of the world, where the world itself grows confused and blurred, then I might be able to know the distance my gaze had traveled.
 A poet once said “Let’s go far away, old friends”. One of my friends once said something similar to me: “Let’s go and find out what’s beyond that sliding paper screen, my friend”. If it were me speaking, then I would say, “Let’s go, until we’re tired and can go no further, old friends.” ―this is what I hope this book will say to you.

写真集を作らないかと声を掛けてくれ、素晴らしいアイディアと共に最後まで一緒に手探り穴掘りひっくりかえりをしてくれた銀杏書林、
様々なアドバイスをくれた走る国語辞典こと薄木利晃、川村庸子、齋藤雄介、ぼくらの好きな人々に、とっても感謝をしています、ありがとう。